岬は指輪の男性のことをバイト先の老夫婦に話をした。老夫婦はにっこりとほほ笑み、岬の話を聞いていた。
その時店主が
店主「岬さんは彼氏さんはいないのかい?」
岬「はい、今はいないんです。今まで2人の方とお付き合いしたんですけどなんか上手くいかなくて。
オーナーと奥様はどこで出会ったんですか」
店主「昔はね。恋愛とかなかなかできる環境じゃなくてね。私も戦争に行って帰ってきて、
香住さんとお見合いをしたんだよ」
岬「オーナーはずっと奥様を香住さんって呼んでいるんですか」
店主「そうだよ。40年以上名前で呼んでるよ。不思議かい」
岬「羨ましいなって思っちゃって。私も年を重ねても名前で呼んでほしいんです」
店主「じゃあ岬さんがずっと旦那さんのこと。名前で呼んであげるといいよ」
岬「はい、頑張ってみます。未来に」
老夫婦は笑っていた。幸せな穏やかな時間が、珈琲という香りに調和され、更に癒しの空間をつくっていた。
店主「話を戻すけど。あの目の不自由な方はいつ取りに来るんかい」
岬「あと1週間後です」
店主「帰りにお店に連れておいで。珈琲をご馳走するから」
岬「はい」
と元気よく返事をした。
1週間後、岬と男性は約束通り一緒に宝飾店に向かった。そして男性は穏やかな顔で指輪を受け取った。
お店を出たところで岬は店主のことを思い出し、喫茶店に同伴した。
店主「いらっしゃいませ」
店主妻「いらっしゃいませ。寒かったでしょう。さぁ、入って」
と言い男性の腕をつかんで椅子に誘導した。
店主「何を飲むかい?」
男性「ホットコーヒーお願いします」
店主「岬さんは」
岬「私もいいんですか」
店主「何を言ってるんだい。今日は幸せな日だろう。みんなで珈琲を飲もう。なあ香住さんも飲むだろう」
店主妻「はい、頂きます」
他に客もいなかった。4人で珈琲を飲みながら、店主が男性にいくつか質問をしては、笑いを繰り返していた。
非常にリラックスした様子の男性。
男性「今日は本当に何から何までありがとうございます。珈琲までご馳走様でした」
店主「大したもんじゃなくてごめんね」
男性「いいえ。本当に優しい珈琲でした」
店主「今度は彼女さんも一緒に連れておいで」
男性「はい」
そういい残し男性は帰って行った。岬の心の中で「がんばれ~、頑張れ~」と何度も何度も訴えかけた。
老夫婦はというと、お互いを見てほほ笑みあっていた。
あ互いを想いあい、支えあい何十年と同じ場所で同じ時を刻み、同じ空気を吸い、毎日珈琲を飲む。
何気ない毎日の積み重ねが今日のこの時間を生んでいることを岬は感じ取っていた。
ここまでくるにも色んなことがあったはずなのに、2人の老夫婦が、今も幸せに暮らしている
この空間に共にいることに感謝したのである。
3月の中旬。あの目の不自由な男性がお店のドアを開けた。
店主、香住さん、岬の3人が順に「いらっしゃいませ」と言ったと同時ににこやかさは更に絶頂になった。
男性の後ろに恥ずかしそうに腕に手を組んでいる女性がいた。
そしてその女性の薬指にはあの時購入した婚約指輪が光っていた。
皆が「おめでとう」と祝福の言葉を言うと、男性と婚約者は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
2人はゆっくり美味しそうに珈琲を飲んでいた。
幸せはどこにあるかは分からない。岬はそう感じた。
続く
By natsu