月日が過ぎ、涼し気な風の吹く10月になり、叢では虫の音が一層聞こえるようになってきた。
岬は虫の音を聞きながら一人考える日々が続いていた。自分にとって今やるべきことは何なのか。
父親のことでくよくよしていていいのか。
父の傍にいる母親はもっと辛いんじゃないか。
色々考え始めると1時間、2時間があっという間に過ぎていった。
そして岬は最近は更に
人はどうして生きるんだろう、何のために生きるんだろうか、どうして自分は生まれてきたんだろうか、
どうして死は来るのだろうか と。
決して答えのあるものではないが、自分が生まれてきた意味を問うようになっていたのだ。
人の生死から人は何を考え、生きていくのか。生まれてきた以上は人生を全うすることが生き物の務め。
目の前に課題があるから、大きな山があるからこそ、人は解決し、超えていく力をどこからかみなぎらせる必要があり、
生きる意味につながるのではないか.
そんなことを毎日毎日のように考えていたある日のこと。
岬は一つの答えを出したのだ。
私は今まで上辺だけの見出しなみや姿勢、品格、考え方を身に着けようとしていた。
でもそうではない。人は一生懸命に生きていくことで、自分の気付かない力を得ることができ、
自分らしさを身に着けていくのではないか。そうして、本質的な女性らしさや品格を自分のものにできるのではないか。
かっこをつけるために、少し自信をつけたいためにスクールに通っていてはだめだと。
生きているではなく、生きていくことから身につけれるものが多々あるのではないか。
その一つに生きること、死ぬことの意味が少しでもあるのではないかと。
死ぬことへの恐怖感ではなく、しっかりと生きた証を残しているかの確認のほうが重要ではないかと。
岬は少しすっきりした気持ちになっていた。
自分の靄が消えていく感じを実感できたのだ。そして、その霧の奥に光るものを・・・・。
その日の夜
岬「あっおかあさん」
母「岬、どうしたの」
岬「お父さんの具合はどう。」
母「丈夫よ。少し外も歩いているわ」
岬「今度の土曜日帰るね。」
母「あなた、そんなに帰ってきても大丈夫なの?」
岬「うん、大丈夫。お父さんと話したいこともあるし」
母「そぅ。分かったわ。お母さん美味しいご飯作って待ってるからね」
岬「うん。お父さんにもよろしくね」
母「はい、はい」
電話を切った後には岬は不思議な感じがした。
前回はなかなかお父さんと話がしたいなどと母へ言えなかったのに、今回は自分の気持ちが言えていることに。
自分自身の父親の死への不安から考え続けたことが自分に意味があったことを感じていた。
木曜日、大学の授業の後岬はバイトに向かった。
岬「おはようございます」
店主「岬さん。こんにちは」
香住「岬さん。こんにちは。なんか今日は嬉しそうね」
岬「そうですか。ここへ来るときはいつも安心できるので」
店内はいつものように珈琲の香りに包まれており、岬の脳を吹き抜けるかのように、淡い淡い癒しをもたらしてくれた。
岬「今度の土曜日からもう一度実家に帰ってきます」
香住「あら、そう。お父さん、お母さん喜ぶわね。何か岬さんの中で変化があったの?」
岬は自分の中の考えや変化を香住さんと店主へゆっくりと話をした。
ちょうど話を終えるとお客様が2名入ってきて、話が中断した。
岬「いらっしゃいませ」
岬はそのまま接客に入った。
岬の素敵な笑顔でお客様を幸せにしていることがで、老夫婦には手に取るように分かった。
お客が帰った後も、岬に話の続きを聞くことはなく、2人はニコニコしながらカウンター越しに立っているだけであった。
人の生死がもたらしてくれる偉大さや奥深さがこの老夫婦には良く分かっていた。
何人もの同級生や知人、親との死別が悲しいことだけではないことを。
続く
By natsu