渡はレストランに着くとハッとした。岬との誕生日をお祝いした記憶が一気に蘇ってきた。
春香「渡くん。このレストラン来たことある」
渡「・・・・・・はじめてだよ」
渡は少し間を開けて嘘をついた。なぜ、意識的に嘘を付いたのか、
正直に言えなかったのか少し理解していた。
それは春香のことを少し意識していたからである。しかし、岬という恋人がいるにも関わらず、
自分が春香に心惹かれ始めている自分の葛藤も感じていた。
春香「渡君。どうかした」
渡「どうもしないよ」
春香「何食べる。渡君。渡君は何が好きなの」
渡「なんでも食べれるよ。ニンジン以外はね」
春香「何それ」と言い春香は微笑んだ。
食事を進めながら渡はある疑問が出てきた。どうして春香さんが僕を誘ってきたんだろうと。
渡の中で少し引け目があった。春香への気持ちは少しあるものの、こんなきれいな人が
自分なんかという思いが。
渡は意を消して春香に聞いた。
渡「春香さん。どうして今日僕を誘ってくれたの?」
春香は少し考えたような顔をした。
春香「渡君に興味があるのよ」
渡「えっ、僕に、何にも面白くないよ。僕なんて。趣味もろくにないし、もちろんお金もないし、
楽しい話もできないし。家事も食事もちゃんとできないし。」
春香「そんなことどうでもいいの。もう少しいうと、渡君に惹かれるものがあるの」
2人の中に静かな間ができた。
春香は真剣な顔をして渡を見ていた。渡はというと少し戸惑っていた。
春香「渡君に彼女がいるのは知っているの。でも、なんか気になるの。
一人で家にいても、サークルにいても渡君のことが気になるの。」
渡「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
渡は言葉が出てこなかった。その表情を察して春香が口を開いた。
春香「渡君。困らせているのは私分かってるの。でもねあなたのことが
好きになったみたいなの。どうしようもないの」
渡「・・・・・・・・・・・・・・」
周囲の話し声やグラスの音、フォークやナイフの音、レストランのミュージック
様々な音が渡には何も聞こえなかった。
ただただ春香の声のみが何度も何度も、渡の心と脳を大きく揺るがしていた。
渡「春香さん。ありがとう。でも僕には彼女がいるんだよ」
春香「私のこと好きじゃない。好きになれない?」
渡「・・・・・・・・・・・・・そんなことないけど・・・・・・・・・・・」
春香「じゃあ・・・・・・・・・・・」
その時、渡の携帯の音が鳴った。
渡は岬だと直感的に分かった。でも、携帯電話を開かなかった。
渡は作り笑いをする余裕もなかった。
渡は春香に明確な返事をしないまま食事を終えた。
渡「送っていくよ」
春香「いいよ」
渡「送ってく」
春香「ありがとう。渡君」
渡は春香を家まで送るため、歩いて駅に向かった。
途中歩いていると、渡と春香の小指と小指が一瞬触れた。
お互いがハッと意識をした瞬間でもあった。
渡の理性が戦っていた。
目の前の春香という魅力のある女性と1か月に1回しか会えない岬と無意識に天秤にかけていた。
天秤にかけるものでないことも理解していた。
すぐ横で優しく微笑みかけてくる春香。
風が吹くととてもいい香りが渡を包んだ。
渡は一瞬自分の両手を握りしめた。
そして意を決したかのように
渡は春香の手を握り歩いた。
渡の中に罪悪感と興奮とが入り乱れていた。
岬への今までの想いが嘘だったのか、薄っぺらいものだったのか自問自答しながら歩いた。
そんな時であった。
春香「今日、家に来ない。もう少し一緒にいたい」
続く
By natsu