連続ブログ小説 「光への願い」 第30話

岬「もしもし、お母さん。明日予定通り帰るね。」

母「大丈夫なの? バイトや勉強は忙しくないの?」

岬「大丈夫だよ。お父さんの調子は」

母「時々、咳が出てるけど大丈夫よ」

岬「分かった。じゃあ、明日ね」

不安な中電話を切る岬であった。

 

岬はいつもの実家に帰る喜びより、父とどう接していけばいいのか、なんて声をかければいいのか悩んでいた。

 

岬は実家に帰る前に香住さんに会いにバイト先へ向かった。

岬「おはようございます」

香住さん「あら、岬さん。おはよう。今日ご実家に帰る日じゃないの」

岬「はい」

香住さん「何か、悩んでいるの?」

そう優しく岬に問いかけた。

 

岬「私、なんてお父さんに声かければいいのか分からなくて。元々、そんなにしゃべることもなかったし」

香住さん「何も無理しなくていいじゃないの。」

岬「そうですか」

香住さん「そうよ。帰ってきてくれるだけで想いは伝わるわよ」

岬「はい」

 

岬と香住さんが話をしていると店主がそっと紙袋を手渡してくれた。

岬「オーナー。これは?」

店主「電車の中で食べなさい」

紙袋の中は岬が大好きなエッグサンドが入っていた。

岬は香住さん、店主に見送られ店を後にした。今日も喫茶店は珈琲の安心できる香りに包まれていた。

 

岬は実家へ向かう電車の中で珈琲の香りの残存の中サンドイッチを食べた。

食べながら外を見ていたが、景色が涙でぼやけた。

岬は店主夫婦の優しさと自分への自信のなさ、父親の不安が混在していた。

 

岬「ただいま~」

母親「お帰り~。疲れたでしょ」

今日もいつもの実家の香りといつもの母親が作るハンバーグのいい香りが混在していた。

岬「お父さんは?」

母「今ね。ちょっと休んでいるの」

岬「大丈夫なの?」

母「なんか、少し疲れたみたいでね。大丈夫よ。岬、お風呂入っておいで。そしたらご飯にしましょ」

岬「はい。」

 

岬はお風呂に入りながら小さなとき、父親と一緒にお風呂に入っていた幼少期を思い起こしていた。

小さな時は無邪気で、お父さんになんて声をかけるとか考えたこともない。

そう考えると、岬は自分の考えすぎであることを少しだけ自覚できた瞬間であった。

 

岬がお風呂を出ると父親も食卓の椅子に座っていた。

父「岬。お帰り。疲れただろ」

岬「・・・・・・・・・・・」

岬は言葉が詰まった。

 

父「どうした?岬」

岬「ただいま。お父さん」

母「さぁ。揃ったところでご飯食べましょ」

いつもの家族の時間が過ぎた。ただ、今日は少しいつもと違った。

 

食後父親が居間へ移動すると、岬も一緒に移動しテレビを見ていた。

岬「ねぇ。お父さん。」

父「どうした?」

岬「私ね。ウェディングプランナーになるって以前言ったでしょ」

父「うん。そうだったな」

岬「私、一人前のプランナーになるために勉強してるんだ。」

父「大変か。辛くないか」

岬「平気だよ。自分がなりたいし、やりたいし。私、お客様に寄り添い、最高の1日をご提供したいの。

 だから自分が勉強しないといけないの」

父「そうか、岬。お前は変わってきたな。お父さんは嬉しいよ」

岬「私もやっと今分かることがあるの。お父さんとお母さんが私に言ってきた自立と自律のことが」

父「・・・・・・よかったよ。でもな岬、一つだけ。」

岬「何」

父「岬は色んな人に支えられているだろ。そういう方々へ礼儀と感謝と奉仕の心をしっかりと持って生きていきなさい。」

岬「礼儀と感謝と奉仕の心」

父「そう、岬の品格につながるし、これから岬がやりたい仕事にきっとつながるから。そして何よりそのことを

 忘れずい生きていくと必ず助けてくれる人がいるから」

岬「うん」

 

父はそう言い、嬉しそうな表情で部屋を出て床に入った。

母「お父さん、なんか嬉しそうだったわ」

岬「うん、何かあったのかな」

母「あなたにはまだ分からないかな。でもお父さんはちゃんと分かったのよ」

岬「何が・・・・・・」

母「あなたが成長したことよ」

岬「えっ」

母「お父さんはあなたに伝えたかったのよ。ずっと。タイミングを見ていたんだと思うの。」

岬「タイミング?」

母「そう、お父さん本当に嬉しそうだったわ」

 

翌日の朝、岬は奈良に戻る日であった。

父「岬、お父さんは大丈夫だから、自分のためにしっかりと時間を使いなさい。」

岬「お父さん。ありがとう。でもね、お父さんもね」

父「うん」

 

父が娘を想う気持ち、娘が父を想う気持ち、2人の関係を見つめる優しい母親の気持ち。

家族の想いが心地よい朝を包んでくれた時間であった。

 

岬はあと何回両親に会えるんだろうと考えると、胸が張り裂けそうになり涙が溢れた。

 

香住さんの言葉も頭をよぎり、自分の無駄な心配は無用で、相手を想う想いが何よりの

癒しであり、安心できるものであると岬は知った。

 

岬「それじゃ。行ってきます」

両親「行ってらっしゃい」

 

続く

By natsu