1月中旬になり寒さを増していた。剛は岬との連絡を断った。岬は寂しさを感じる暇はなかった。
岬は2月に写真部を辞めた。そこには明確な理由があった。自分が目指す道を勉強するため、
そして人生初のバイトをするためであった。
暫くして、岬は喫茶店のアルバイトを始めた。
その喫茶店は40年続く喫茶店で、現在は1日に20人程度しかお客さんが来ない喫茶店。
老夫婦が経営をしていた。
そして喫茶店で岬の一生を変えていく1冊の本に出合った。
いつも喫茶店の店主が同じ本ばかりを読んでいた。
興味を持ち読ませていただくと、その本の表紙裏に手書きで
「成功の出発点は強く強く願望を持つこと」と記してあった。
5年後に分かることだが、この本は両親も読んでいた本であった。そこから「自立した女性」
につながっていたことが、岬が自立した女性になった時に分かるのである。
時々店主は岬にコーヒーをご馳走してくれた。店主のいれるコーヒーは格別だった。
岬「オーナー。なんでこんなに深いコーヒーになるんですか?」
店主「君のために入れてるからだよ。コーヒーを入れるだけではないんだ。
一人一人の顔を見て、幸せな顔を想像していれるんだよ」
岬「・・・・・・・・・・ありがとうございます。」
岬は高齢の店主の言葉に感動した。
岬はもしかしてこの本にヒントがあるんじゃないかって、自分でも同じ本を購入した。
店主の本は何度も何度も引かれた線が印象的であった。
店主は何回くらいこの本を読んで、人生を考えたのだろう。岬の頭に何度も何度もよぎった。
最近、岬は自分を高めてくれる人との出会いに感謝していた。
高校生までとは違い、自分自身が出会う人からの影響は大きなものであった。
しかし、それは他人が与えてくれるものだけではなく、岬自信が成長をしていたのだ。
自分ではなかなか気づかないものである。
ある日、岬はバイトの帰り道、一人の目の見えない男性が困っている様子を感じ取った。
岬「どうされましたか。お手伝いしますよ」
男性「ありがとうございます。この近くに、赤い扉のお店は見えますか」
岬は周囲を見渡した。
岬「もしかして指輪を売っているお店ですか?」
男性「そうです」
岬は宝飾店まで付き添い、岬の手をつかんでもらい誘導した。その際に岬は聞いた。
岬「指輪購入されるんですか」
男性「・・・・・・はい。恥ずかしいのですがプロポーズしようって考えてます。
相手の方は正直私の目には移りません。でも、声の質や柔らかな話し方、私をサポートしてくれる手の優しさ。
全てにおいて私は癒されるのです。私の中のイメージ像みたいなものはあるのですが、なんせ見えないものですから」
そういいながら、恥ずかしそうに男性は笑った。
岬「素敵です。私応援します。指輪一緒に見てもいいですか?」
男性「・・・・・・・えっ。恥ずかしいなぁ。でもあなたも優しい人。いいですよ。見てください」
岬「ありがとうございます」
岬と男性はその宝飾店に入った。店内には様々なブランドの指輪やイヤリング、ネックレスがずらりと並んでいた。
岬の目が大きく見開いた。自分がウェディングプランナーになることを一瞬思い出した。
しかし、きれいな宝飾を見ていると夢中になった。
男性「50万くらいの予算なんですが」と店員に声をかけた。
サイズや大きさ、カット数など様々なものがあり、男性は話を聞いていた。
男性はサングラスをしており顔の表情は分かりづらかったが、時折微笑む顔が印象的であった。
一生に1度の場面に立ち会えた幸せと興奮とが入り乱れていた。
男性は指輪を購入した。
出来上がりに約1カ月かかるということであった。岬は男性と一つの約束をした。
1カ月後の指輪の受け取りの際に同行させていただくことを。
男性は別れ際に岬にこう話した。
男性「今日はありがとう。僕は障害者。相手は健常者なんです。でも僕はその人のことを愛しているんです。
いつも頭の中にその人がいるんです。さっきもその女性を思い浮かべて指輪を選びました。
受け取ってもらえるかは分からないけど、頑張ってみます。諦めずに自分の気持ちを伝えてみます。
今日あなたと会えたことも何かのご縁です。本当にありがとう」
岬「はい。こちらこそありがとうございます。大切な時間に立ち会わせて頂きまして」
岬は男性と連絡先を交換して、お店の前で別れた。
岬とこの男性の出会いは岬の中で深く深く、長く長く影響する出会いであった。
岬は笑顔で歩き出した。背筋をしゃんと伸ばし、岬の長く、きれいな髪が風に揺られ歩く姿は、
自信のある、やる気に満ち溢れた女性がそこにいた。
2月中旬の寒い日であったが、岬とその男性は暖かな日になった。
続く
By natsu