岬が家を出る日を迎えた朝。朝はまだまだ底冷えする日々であったが、朝から天気よく雲一つない日であった。
父親はいつものように居間で新聞を見て、母親はいつものように朝食の準備をしていた。
しかし一つだけいつもと違うことがあった。朝から普段香ることのない匂いが部屋の中に充満していた。岬はすぐに気づいた。
岬「おはよう」
母「おはよう岬」
父「おはよう」
母「食事にしましょうか」と声がかかり父親がゆっくりとテーブルへ移動した。いつもの場所に父親は座り、母親が食事を装い運ぶいつもの光景。
しかし今日の朝だけは朝から岬の鉱物のハンバーグが並んでいた。
母親は岬にニッコリほほ笑み
母「たくさん食べてね」と一言
岬「うん」
いただきますの言葉で食事が始まった。岬は食べながら涙が頬をつたった。母親の愛情、父親の愛情を一心に感じていた。
岬「おいしいね」
父「そうだな。お母さんのご飯は最高だな。また、いつでも食べに帰ってきなさい」
岬「うん」
母は静かに泣いていた。みんなが寂しい気持ちを押し殺し食事をしていた。
食事を終えた岬は部屋をきれいに片づけた。
そして思い出の写真をカバンに詰め込んだ。
食事を終え岬が家を出る時であった。大きなカバンを抱えて玄関に立っていた。両親が玄関に来て岬を見つめていた。
母「大きくなったわね。お父さん」
父「そうだな。大きくなったな。お父さんお母さんも老けただろ岬 ・・・・・」
岬「うん」
父「岬、焦らなくていいから、自分のやりたいことを見つけなさい。きっと見つかるから。」
母親が岬の元へきてそっと岬の首にマフラーをまいた。
赤いきれいなマフラーだった。
岬「お母さんこれどうしたの?」
母「お母さんが岬のために編んだの。まだ寒いでしょ。風邪ひいちゃだめよ。ごはんしっかり食べなさいよ。何かあったら連絡しなさいよ」
いつも自立した人になりなさいと言っていた母親が過保護に感じられた。
岬「うん。今までありがとう、お父さん、お母さん。岬頑張るよ」
父「うん」といい頷いた。父親にも目に光るものがあった。
母親は父親の横で泣いていた。
岬「それじゃ行くよ」
扉が空き岬は実家を後にした。
父親が母親の肩をポンとたたき「今までお疲れさんな」と。
母「お父さんもね」
両親ともに寂しさをにじませていた。大切に大切に育ててきた娘が一人暮らしをする。食事も洗濯も掃除も何もかも一人でしなくてはならない環境になった。
両親は不安を感じるものの、一つの親としての節目を喜ばしく思えていた。
一方岬はしばらく家の前から歩くことができていなかった。
18年間過ごした実家。お父さんの強さ、お母さんの優しさを深く深く感じていた。
小さな頃からの思い出が頭をぐるぐる渦巻いていた。
ひとしきり想い起こした後、意を決したように家から歩いて行った。
岬が19歳になるまであと20日前のことであった。
岬の心の中ではきれいな青空を見つめて「渡君。私も行くよ」と呟いた。
続く
by natsu