岬に平凡な日々が始まった。月に1回京都へ行くこともなくなり2週間が過ぎようとしていた。
しかし、ポカンと岬に空いた穴を埋めるものがなかなかなかった。
夜になると涙が出てきた。昨日も、一昨日も毎日泣いていた。それほど岬にとって辛い、辛い出来事であった。
ずっと、ずっと一緒にいることができると思っていた。思い出を沢山作ることができると思っていた。
いっぱい笑いあって、いっぱい抱き合って、キスをして、愛し合ってと思っていた。
頭の中を整理しなくちゃと日々感じてはいるが、余韻が大きく残っていた。大きな池に、
ぽんと投げ込まれた石から、きれいに幾重にも重なるような波紋のように、次から次から静かに押し寄せてきた。
ある日、大学の授業が終わると、大学で友達になった弥生が声をかけてきた。
弥生「岬、今日暇?」
岬「今日はサークルないから大丈夫だよ」
弥生「今日行きたいとこあるんだ。でも、一人じゃ行きづらくて。一緒に付き合ってくれないかな」
岬「いいけど、どこに行くの」
弥生「今日、知り合いの方の複数の化粧品会や美容関連会社の合同のファッションショーがあるの。
チケット2枚もらっていたんだけどどうかなって」
岬は少し思い起こすことがあった。
高校3年生の進路で「美容」と答えた自分を。母から「素敵な職業と言われたこと」。
少なからず美容に関する仕事を探したことなどが一気に蘇ってきた。そして岬は
岬「いきたい」とはっきりと弥生に伝えた。
その時の岬の表情は少し晴れ晴れとしたものであった。一瞬渡との別れのことを忘れていた。
岬と弥生はファッションショーの会場に到着した。
大きな会場で、入り口周囲にはレッドカーペットも敷いてあり、有名な方が参加されることを示唆していた。
会場内には約10社のブーズが出ていた。化粧品会社、エステ会社、アパレル会社など様々な会社であった。
岬は目を丸く、大きくして周囲を見ていた。今までの自分には無縁のように感じていた。
言葉では美容と言ったものの、圧倒されていた。
各ブースにはきれいな女性がそれぞれ立って、素敵な笑顔で案内をしていた。
背筋もシャンとし、髪もきれいにまとめられ、きれいな制服と抜群のスタイルであった。
誰もがモデルのように見えた。しかし、現実はモデルではなく各会社のスタッフであることを岬は知った。
圧巻されるのみであった。しかし、岬は引いてしまうのではなく、自分もああいう女性になりたいという
意識が芽生えた瞬間だった。
今まで曇っていた靄が少しずつ晴れてきたのが分かった。
一人の女性として「きれいでいたい」と思えた瞬間であった。
ショーもとても華やかなものであった。テレビに映る芸能人やモデルが目の前できれいな衣装と
美しい化粧に包まれ、磨き上げた体を使い、多くの聴衆の前を堂々と歩く姿に無意識に涙が出てきた。
岬「どうしてだろう、どうしてここの人たちはあんなに華やかできれいなんだろう」と心で呟いた。
岬の中に目指すものができた瞬間であった。今まで夢や希望がなかった岬。
この気持ちを誰かに伝えたって強く強く思った。
その日の夜岬は1通のメールを送った。
渡であった。
あの日の以降、連絡をやめていた。
渡君へ
私は毎日、毎日正直辛かった。泣いていたの。
でも今日やっと自分の夢を見つけた気がするの。
迷惑だって思ったけど、渡君にどうしても伝えたくて。
私は前を向いて歩いて行けそうです。
渡君も大学頑張ってね。
私も頑張る。
今までありがとう。
あなたがいたから、私もここまで来れました。
どこかであったら声かけてね。
そう打ち終わると一粒の涙が携帯の画面に落ちた。
しかし、岬に迷いはなかった。
その夜、岬は自分の手帳の1ページ目を開いた。そこに自筆で書いた文字を何度も何度も読み返した
「 自立した女性になる 」
そして、そこに一言岬は書き加えた。
「 諦めないこと 」 と
夜が涼しく感じる季節が訪れた日。
岬は窓を開け、遠くの街並みを眺め、心地よい夜風に打たれていた。
岬に光が少し照らされ、岬の進む道が照らされた瞬間であった。
長い、長い1日が終わった。
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂<う>しと見し世ぞ 今は恋しき
続く
By natsu